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長野地方裁判所 昭和34年(行)13号 判決

原告 小林平治

被告 長野県知事

訴訟代理人 関川岩男 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し、昭和三四年九月二日なした別紙目録記載の農地に関する原告の競買適格証明願を却下した処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、(一)別紙目録記載の農地(以下本件農地と略称する)は訴外熊谷四郎の所有であり、同人はこれを三浦留吉及び熊谷光に賃貸している。しかして同人は、訴外熊谷正大の訴外近藤正雄に対する貸金債務を担保するため本件農地に抵当権を設定したところ、右近藤は長野地方裁判所飯田支部に本件農地の競売を申立て、同裁判所は昭和三三年一一月五日本件農地につき競売手続開始決定をなすと共に長野県知事の競買適格証明書を有する者に限り競買を許す旨定めた。そこで、原告は、本件農地を競買すべく昭和三三年一一月一一日被告に対し、本件農地の競買適格証明願を提出したところ、被告は昭和三四年九月二日「申請地は小作地であり、且つ申請者は申請地の小作人でない」との理由により右申請を却下した(二)ところで、農地法第三条第一項第二項第一号には、小作地につき小作農及びその世帯員以外の者がその所有権を取得しようとする場合には、都道府県知事はその所有権移転の許可をなし得ない旨規定されているが、右規定は当該小作人のみを不当に優遇し、これと一般農業適格者、地主等とを社会的身分により差別扱いするものであつて憲法第一四条第一項に違反し無効である。(三)仮に、右規定が憲法に違反しないとしても、右規定は競売によつて所有権が移転する場合には適用がない。けだし、競売の場合にまで適用があるとする明文は存しないうえに、これを競売の場合にまで適用があると解すると、小作地が競売された場合当該農地の小作人しか競買をなし得ず、従つて小作人が競買しない場合には事実上競売が不能に帰するという極めて不当な結果を生ずるからである。(四)そして、原告は本件農地の所在地と同一町内に居住し、田畑八反歩を耕作しているが、労働力過剰のため本件農地の買受けを希望しているものであり、競買適格を否定せられるべきいわれはない。(五)よつて、右の点を看過し、原告の競買適格証明願を却下した被告の処分は違法であるからその取消を求める。と述べ、乙第一号証の成立を認めた。被告指定代理人は本案前の主張として「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、競売農地等の買受適格証明は、競落人から農地法第三条による所有権移転の許可申請がなされた場合不許可処分となることのないよう農林省農地局長からの通達により行政指導として行つているものである。およそ抗告訴訟の対象となるべき行政処分は、法律又はその委任に基く命令に基いてなされる行為を指すが、農地買受適格証明書の交付は法令上の根拠がなく、権利移転の許可に先だつてなされる事務処理的便宜措置であつて行政処分ではない。よつて本件訴は不適法であるから却下さるべきである。と述べ、本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、請求の原因第一項の事実及び同第四項のうち原告が本件農地の所在地と同一町内に居住し、田畑八反歩を耕作していることは認めるがその余の原告主張事実はすべて争う。農地所有権も公共の福祉に適合するための合理的な制限を受けるのであり、農地法第一条の趣旨に徴すれば同法第三条第二項第一号の制限は公共の福祉に適合する合理的な制限であると解すべきであるから右規定は憲法第一四条に違反しない。農地法第三条による知事の許可は、法律行為による権利の設定移転を対象とするのであり、従つて競売による移転もこれに含まれると解すべきである。そして、農地法第三三条によれば、競売に附された農地につき競売期日に競買の申出がないときは、競売申立人は農林大臣に対し、国がその土地を買取るべき旨を申出ることができるのであるから、小作地につき小作人が競買しない場合でも事実上競売が不能となることはない。しかして、農地買受適格証明願についての適格の有無の判定は、農地法第三条の許可と同一基準によりなすべきであるから、被告が小作地である本件農地につき、小作人でない原告の買受適格証明願を却下したのは何等違法ではない。と述べ、乙第一号証を提出した。

理由

一、本件農地は訴外熊谷四郎の所有であり同人がこれを三浦留吉及び熊谷光に賃貸していること、長野地方裁判所飯田支部が昭和三三年一一月五日抵当権者近藤正雄の申立により本件農地につき競売手続開始決定をなすと共に長野県知事の競買適格証明書を有する者に限り競買を許す旨定めたこと、被告が昭和三四年九月二日別紙目録記載の農地に関する原告の競買適格証明の申請を却下したことは当事者間に争いがない。

二、被告は右申請を却下した行為は抗告訴訟の対象となるべき行政処分ではないと主張するところ、抗告訴訟の対象となるべき行政処分とは行政庁が公権力の行使としてなした行為であつて、私人の具体的な権利義務に影響を及ぼすものであることを要すると解すべきであるから、まず本件申請の却下が原告の具体的権利義務に及ぼす影響の有無につき検討する。不動産の競売(強制競売であると任意競売であるとを問わず)にあつては法律上買受人の資格に制限はないが、農地の場合は農地法第三条により、その所有権を移転するにつき原則として都道府県知事の許可を受けることを必要とするので、執行裁判所は競売手続開始決定と同時に民事訴訟法第六六二条ノ二により職権で売却条件を変更し、知事の競買適格証明書所持者にかぎり競買を許可する旨の裁判をするのが一般の取扱いであり、(昭和二五年一二月二二日民事甲第二四一号最高裁民事局長回答、昭和二八年一一月五日民事甲第二四四号最高裁民事局長回答参照)、本件においても執行裁判所が競売開始決定と同時に長野県知事の競買適格証明書を有する者に限り競買を許す旨の裁判をしていることは前叙のとおりである。従つて、被告が原告の競買適格証明の申請を却下した行為は原告が当該競売手続において競買申出をなす資格を附与しないことを意味し、私人の具体的な権利に影響を及ぼすものであることがあきらかであるから、右行為は抗告訴訟の対象となるべき行政処分であるといわなければならない。被告は農地の競買適格の証明は法令上の根拠なく、行政指導にもとずく便宜的措置に過ぎないから、その証明申請を却下する行為は抗告訴訟の対象となる行政処分ではないと主張するが、行政処分であるためには前叙のとおり行政庁が公権力の行使としてなした行為であつて、私人の具体的な権利義務に影響を及ぼすものであれば足り、法令上の根拠の有無を問わない。農地の競買適格の証明またはその申請の却下は農地法第三条により農地所有権移転の許可を受け得る者であることを公に証明しまたはそれを拒否するものであつて(昭和二五年一二月一五日二五地局第二四八三号農林省農地局長指示参照。)、行政庁たる知事が公権力の行使としてなす行政行為(準法律行為的行政行為たる公証行為)であることが明かであり、それが私人の具体的な権利義務に影響を及ぼすものであることは前叙のとおりであるから、被告の右主張は採用の限りではない。

三、原告は農地法第三条第一項第二項第一号が憲法第一四条に違反すると主張するのでこの点につき判断する。農地法第三条第一項は農地の所有権を移転する場合には都道府県知事の許可を受けることを必要とし、同条第二項第一号は小作地についてはその小作農及びその世帯員以外の者が所有権を取得しようとする場合にはその許可をなし得ないことゝしている。従つて、小作地については、その小作農及びその世帯員に該当しない者はその所有権を取得する適格を否定されているのであり、このかぎりでは農地法第三条は小作農及びその世帯員とそれ以外の者とを同等に扱つていないということができる。しかしながら、農業経営の民主化のため小作農の自作農化の促進、小作農の地位の安定向上を重要施策としている現状の下では、右の程度の差別扱いは公共の福祉に適合した合理的な制限というべきであるから、農地法第三条第一項第二項第一号が憲法第一四条に違反するということはできない。従つて原告の右主張は理由がない。

四、原告は更に、農地法第三条は競売による所有権の移転の場合には適用がないと主張するが、競売による所有権の移転の場合を同条の適用から除外すべき合理的な根拠は考えられないうえに、同法第三三条は、同法第三条が競売法による競売の場合にも適用があることを前提とした規定であることからみても、同法第三条が競売による所有権の移転の場合にも適用があることはあきらかであるから、原告の右主張も理由がない。

五、そして、原告が本件農地の小作人又はその世帯員でないことは原告の自認するところであり、従つて農地法第三条第一項第二項第一号により、原告は本件農地を競買する適格を有しないのであるから、被告が原告の本件農地に関する競買適格証明の申請を却下したのは何等違法ではない。

そうすると、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中隆 滝川叡一 橘勝治)

(別紙目録省略)

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